ここまで、身体感覚ラボでこれから始めようとしていることについて、お話ししてきました。
まだ、この身体で見ていない景色がある。
半年間という時間
6名という少人数
対人稽古を通して、お互いの身体を感じること。
そして、
感じる
↓
気づく
↓
修正する
↓
検証する
この循環を繰り返しながら、自分自身で身体を探究できるようになること。
ここまで読んでくださった方なら、
私が単に、「身体の使い方を教えたい」わけではないことは、なんとなく伝わっているのではないかと思います。
では、
なぜ私は、ここまでしてこの場所をつくりたいのか。
たぶん私は、
身体には、まだ先がある。
ということを伝えたいんだと思います。
私たちは、長く生きていると、
少しずつ自分の身体について分かったような気になっていきます。
自分は身体が硬い
昔から肩が動きにくい
運動神経はあまり良くない
年齢的に、これくらいだろう
この動きは苦手
ここは昔から痛めやすい
そうやって、いつの間にか、
「自分の身体は、こういう身体だ」
という輪郭を自分でつくっていきます。
私もそうでした。
怪我を繰り返して、思うように動けなくなって、年齢も重ねて。どこかで、
「若い頃のようにはいかないよな」
と思っていた時期があります。
でも、
身体を探究するようになってから、その輪郭が何度も崩されました。
手術後、できなくなっていた正座ができた。
45度ほどしか上がらなかった左腕が、頭の後ろまで上がるようになった。
「力を抜いている」と思っていたのに、まったく抜けていなかった。
「動けている」と思っていたのに、動画を見たら全然動けていなかった。
そして、
49歳になった今でも、身体の中に今まで知らなかった感覚を見つけることがあります。
そのたびに思うんです。
また、新しい発見をみつけられた。
何十年も使ってきた身体なのに、毎日一緒にいる身体なのに、まだ知らないことがある。
これが、本当に面白いんです。
身体を探究していると、
何かが「できるようになる」こと以上に、今まで感じられなかったものが感じられるようになる瞬間があります。
足の裏が、こんなふうに床に触れていたんだ。
背骨って、こんなところまで動いていたんだ。
呼吸すると、身体のこんな場所まで変化するんだ。
人に触れたとき、こんなにも自分の緊張が相手に伝わっていたんだ。
それまで存在していなかった世界が、身体の中に、ふっと現れる。
いや、
本当はずっとそこにあった。
ただ、
自分が気づいていなかっただけ。
私は、身体感覚を育てるというのは、何か特別な能力を新しく手に入れることではないと思っています。
むしろ、
ずっとそこにあったものに、気づける身体になっていくこと。
それに近い気がしています。
だから私は、年齢を重ねることを、身体の可能性が閉じていくことだとは思わなくなりました。
もちろん、
20歳の身体と50歳の身体は同じではありません。
でも、
身体を感じる力まで、 年齢と一緒に閉じていく必要はない。
むしろ、探究すればするほど昨日まで見えていなかったものが見えるようになる。
去年より今年、
今年より来年、、
身体との付き合いが、少しずつ深くなっていく。
そんな年齢の重ね方があってもいいんじゃないかと思うんです。
私は13年間、自分の身体でそれを確かめ続けてきました。
まだまだ分からないことだらけです。
というより、分かれば分かるほど、分からないことが増えていきます。
でも、
それが楽しい。
「次は何が分かるんだろう」
「この感覚の先には何があるんだろう」
49歳になった今も、そんなことを考えながら身体を動かしています。
だから今回、身体感覚ラボで新しい場所をつくろうと思いました。
私が13年間で見つけた「答え」を渡すためではありません。
一緒に、その先を見にいくためです。
もしかすると、あなたの身体にも、まだ使われていない感覚があるかもしれません。
まだ気づいていない動きがあるかもしれません。
「自分の身体はこんなものだ」
と思っていた、その少し先に、まだ知らない身体が待っているかもしれない。
それを、誰かに教えてもらうのではなく、自分自身で見つけられたら。
きっと、
身体との付き合い方は今までとは少し違うものになると思います。
あなたは、自分の身体を、どこまで知りたいですか?
私は、まだ先を見てみたい。
そして、同じように思う人と、この探究を始めたいと思っています。
2026年9月1日20時、その最初の入口を、お知らせします。



